勝手に更新される毎日

六本木で働くサラリーマンのブログです。やめてくれ、待ってくれと言っているのに、1日1日が勝手に過ぎていきます。

「ごゆっくりお買い物をお楽しみください」と今日も言われて思ったこと

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「ごゆっくりお買い物をお楽しみください」とよく言われる。
読者の方々におかれましても、ほとんどの人が言われたことがあるのではないだろうか。
 
しかしこのセリフに対して毎回疑問に思うのは、「いや買い物なんて全然楽しくないんですけど」と言いたくて仕方がなくなるからだ。
それでも俺はそう反論することはしない。
なぜなら、そのように反論したところで自分の気持ちが晴れるわけでもないし、そもそも相手はだいたい生身の人間ではなく館内放送など音声のみであることが多いから。
スピーカーを求めて空中に向かって「買い物なんて全然楽しくねー」なんて声を発したところで、狂人扱いされるのがオチだ。
 
みんな本当に買い物が楽しいのだろうか。
なんであんなものが楽しいのか。
俺が買い物を楽しいどころか、どちらかと苦痛に感じる理由は
  • 血反吐を吐く思いをして会社からもぎ取った賃金を費消するのが、肉体精神を切り刻まれているかのように感じてしまうので苦痛
  • 商品Aは商品Bよりもこういうところはいいんだけど、こういうところがダメで、商品Bは商品Cよりもこういうところがいいんだけどちょっと値段が高くて…などと考えていると、いつまで経っても終わることがなく、せっかくの貴重な休日、早く買い物など終えてもっと楽しい他のことに時間を使いたいのにも関わらずなかなか決められないから苦痛
  • そんな俺の気持ちも露知らず、マヌケ面したアパレル店員は、俺が求めてもいないのにも関わらず、「サイズや色違いもありますのでおっしゃってください」などと気軽かつフレンドリーに話しかけてきて、こっちはそれ以前の問題で頭をフル回転して悩んでいるのに、それを邪魔して適当な商品を売りつけてこようとするから苦痛
などだが、みんな当たり前のように「ごゆっくりお買い物をお楽しみください」と言うってことは、「買い物は楽しい」と感じる人の方が多数派に相違なく、買い物を楽しむ人の気持ちを知るには上の逆を考えればよいわけであって、つまり
  • 私は無尽蔵に預貯金があって莫大かつ永続的な収入があるから、たかが市井の買い物などにかかる金を失うことなど、苦痛でないどころか、ショップにお金を恵んであげる行為で社員店員がみんな喜ぶわけだから、それを見る私も快楽
  • もしくは、会社から給料をもらって働くのがこの上ない楽しみであり、買い物で金を使えばまた会社で勤務して稼ぐ必要があるがそのことを考えると今からもう幸せ
  • 商品Aと商品Bのどちらがよいかなんて、見た瞬間即決できるから、悩んで苦痛を感じることなど皆無
  • 話しかけてくるアパレル店員など無視
  • もしくはアパレル店員が話しかけてきて、私もそれに返しているうちに、フレンドリーどころかフレンドそのものになってみんなハッピー
となる。
 
しかし、こんな人が世の中の多数派だと、俺は到底信じられない。
謎は深まるばかりだ。

「名乗ることすら許されない」という環境を脱出する方法を、数学の0点のテストから学んだ

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未成年のときに所属する社会では、地位の違う相手と接する機会といえば、親と子、先生と生徒くらいがせいぜいのところであるが、大人になれば、相手と身分の差が大きすぎて自分の名を名乗ることすら許されない状況が存在する。
そのように匿名を強いられる機会が長く続くと、自我の矮小化、アイデンティティの喪失につながってしまうケースがある。
 
名前で呼ばれる。
それだけで救われることもあるのではなかろうか。
 
 
中学や高校のテストで、「ネーム点」という制度が存在した。
ある数学の先生が勝手に作った制度で、テストで0点が確定したときに、名前を書いた箇所にマルをつけて、「3点」など点数を与えるものだ。
これによって、答案は白紙もしくは全問間違いであったとしても、自分の名前さえ書いてあれば0点を免れることになる。
 
初めてネーム点を獲得した生徒が、数学のテストなのに名前にマルをされていることを不思議に思い先生に質問したところ、先生は「それはネーム点や」と言ったことから、この担任の先生のみが採用するローカルルールとして認知され、一気にこの制度は生徒の間で市民権を得た。
 
ネーム点導入の目的は直接尋ねたわけではないからわからないが、おそらくは0点を取った生徒に対する救済措置だと推測される。
では、0点を取った生徒を救済するのはなぜか。
 
強いてその理由を挙げるとすれば
  • 「0点」のインパクトが強烈すぎて生徒や親がショックを受けないようにするため
  • 生徒が自信を失ってしまわないようにするため
  • 生徒が数学が嫌いにならないようにするため
などだろうが、これらは当然、その効果はまったく認められることはなかった。
 
少し考えればわかることだが、0点を取るような生徒は元々勉強などせずにテストに臨んでいるから、0点を取ったくらいでショックを受けることなどないし、失ってしまうような自信などそもそも持ち合わせていないし、もっと前の時点で数学など嫌いになってしまっているし、親に至っては、自分の子供の採点後答案を見て、名前にマルがついている事実の方がむしろショックだからである。
 
それどころか、「ネーム点」という言葉の甘美な響きから、「中途半端な点数を取るくらいならば、ネーム点を取ってしまった方がネタになって面白い」なんていう発想に取り憑かれ、取れる数十点を捨ててネーム点を拾う生徒が続出した。
「ネーム点」と名付けられたことも誤算となり、結果として先生の狙いは完全に裏目に出てしまったのだ。
 
 
しかし俺はこれを失敗とは思わない。
なぜ「ネーム点」のことなど20年近く経った今になって思い出したのか不思議だったが、それは「名乗ることすら許されない」状況からの脱却につながるのでは、と、神が与えてくれたきっかけなのではないかと捉えなおすに至った。

人間は何歳にピークを迎えるか問題と、そんなことで悩んでしまう問題

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電車の中で60代にも見える人が、「男が40代でやっておくべきこと」というタイトルの本を読んでいた。
 
宇多田ヒカルが今度やるネットライブのタイトルが、「30代はほどほど」だった。
 
業界で相当の実績がある会社の上司とフリーの方が会話をしていて、おふたりとも口をそろえて「自分の頭脳のピークは30歳ころだった」と言っていた。
 
 
転職する時に、「未経験の業種に転職していいのは20代まで」という記事を数多く目にして、うーん、やっぱそうだよねー思ったこともあったし、転職した後に、「あの記事は正しかったかも知れない」と感じたことも何度もあった。
 
自分の人生のピークがいつだったかと思い返してみると、明らかに、中学入学と大学入学の瞬間だったといえる。
当時は今よりも格段に頭の回転スピードが早かったが、以降はただ転げ落ちるのみであった。
 
先に述べた上司やフリーの人、それから宇多田ヒカルのように、人生のピークの時期に金字塔ともいえる実績を残している人は別として、俺のように、錆びついた頭脳と失われた熱意でただ漫然と、ベルトコンベアーにでも乗っているかのように、その大切な時期をやりすごしてしまった人間は、どうすればよいのだろうか。
 
 
おれは「◯◯歳までにやっておくべきこと」といった本を読むのが嫌いだ。
なぜなら、書かれていることのほとんどをきっとやっていないから。
いま「20代のうちにやっておくべきこと」というタイトルの本を読んだとしたら、「うわーこれやってない、あれもやってない。ってかほとんど全部やってねーじゃんあちゃあ」となることは目に見えており、そんな暗澹たる気持ちに自らすすんで飛び込むようなことをするわけがない。
 
そういう点においては、「40代でやっておくべきこと」を読んでいた60代(推定)のおっさんは偉い。
20年遅れを取り戻そうとするその熱意には、頭が上がらない。
しかしそうも言っていられないのは、「数学Ⅰ・A」が終わらないと「数学Ⅱ・B」には進めないのと同様に、きっと、「20代でやっておくべきこと」を終了しないと「30代で~」「40代で~」には進むことはできないだろうから、いま遅れを取り戻し始めないと、傷はどんどん深まっていくばかりであって、「脳が錆びている」だの「自分を探したい」だの言っている場合ではないはずだ。
 
このペースでいけば、「五十にして立つ」「六十にして惑わず」。
どこまで遅れを取り戻せるだろうか。

英語を勉強することの先にあるもの、またはないもの

初めて会うアメリカ人と友人になり、彼の運転する車で送ってもらっていた時の会話にて。
車内には俺と彼の2人しかおらず、彼は日本語が全く話せない。
沈黙が続いたのは俺の英語力不足のせいだった。
 
その男は、どんな音楽が好きなのか。と俺に尋ねてきた。
ちなみに彼はL'Arc~en~Cielが好きらしい。
理由は忘れた。
歌詞はわからないはずなので、グルーヴとかノリがいいとか、そんな理由だったと思う。
 
俺は好きなミュージシャンの名前を列挙した。
彼も知っていたり、知らなかったとしても後で聞いたりできる方がいいと思ったので、海外のアーティストの名前を中心に挙げた。
 
それでも彼は俺が挙げた名前のほとんどを知らなかったようで、ジャンルでいうとどういうものか。と尋ねてきた。
「うーん、ジャンルでどうのこうのってのはあんまりないけど、プログレッシブロックとかは特に好きだね」と答えた俺は、その後、彼から「そうなんだ。さっき名前が挙がったグループは、どのあたりが”プログレッシブ”なんだい?」と聞き返されて言葉を失ってしまった。
 
プログレッシブ”とは「先進的、前衛的な」という意味であるが、尋ねられてから改めて考えてみると、プログレッシブロックがロックミュージックに比べて「先進的、前衛的」といえる点はどこにあるのだろうか。
いや本当は、音楽に限らずあらゆる芸術において、新しく発表される作品には、何かしらプログレッシブな要素があるべきなのではないか。
 
そんな問いをつきつけられるともうダメで、
プログレッシブロックと呼ばれている音楽が、ロックと呼ばれている音楽と比較して、先進的と確かに言えるのか?」
中島らもは『ロックとは音楽のジャンルではなく、ひとつの生き方だ』と言ったが、“プログレッシブ”は生き方以前の音楽へ向き合う精神性を指す言葉だと思うから、ジャンルのひとつとして定義するのは適切ではないのでは?」
などと思考がぐるぐるしてしまい、車中は再び沈黙。
 
彼は俺が英語に困っているのだと思ってか、好きな食べ物の話に話題を変えてくれたが、俺としては「英語でなんて言えばいいのかわからない」などといった次元よりかは高度な悩みからの沈黙であったことを伝える術を持たないことをもどかしく感じた。
 
ちなみに、俺は音楽に詳しくないのでわからないが、音楽のジャンルとしての”プログレッシブ”を明確に定義するものが、もしかしたらあるのかもしれない。
それを知らないこともまたもどかしいし、そんなこと言ったら人生なんて本質的にもどかしいことの集合体で構成されているようなものだから、仕方ない。
しかし、世の中には俺のような人ばかりではなく、「人生思い通りいかずにもどかしい」どころか「アイムアパーフェクトヒューマン」などと本気で思っている人が一定数いて、そんな人たちには俺の考えなど絶対に理解されることがないだろうし、反対に俺もパーフェクトヒューマンたちがパーフェクトヒューマンたりえる根拠が何でありどうやって入手するかを知らないから、またもどかしい。

「コンテンツを作る個人」を越えた「コンテンツである個人」という存在

先日、ある本を求めて俺は本屋を訪れた。

目的の本を探して店内をうろうろうろうろしていたところ、それではなかったのだがそれ以上に俺の目を引く驚愕のムック本を発見した。

 

これである。

セゾン・ド・エリコ vol.5 (扶桑社ムック)

セゾン・ド・エリコ vol.5 (扶桑社ムック)

 

  

メディア企業にいる者の端くれ、末端として、これの存在を知らなかったことは恥ずべきことなのかもしれないが、知らない人のために説明すると、これはパリに住居をかまえる中村江里子のライフスタイルを多角的に紹介する雑誌である。

 

これが普通のファッション誌と大きく異なるのは、一般的な雑誌では、編集部や著名なキュレーターが選んだ飲食店・ブランド・店舗・サービス等に対して、飲食店Aをモデル甲が、ファッションブランドBをモデル乙が、美術館Cをモデル丙が、といったように、多くのモデル人物が体験しながら紹介するものであるが、この「Saison d'Eriko」が素晴らしいのは、モデル甲も乙も丙も丁も、すべて中村江里子本人なのである。

 

つまり、

 

中村江里子が使用している靴を紹介し、

中村江里子が使用しているネイルケアグッズ、スキンケアグッズを紹介し

中村江里子の着回しを紹介し、

中村江里子の家で行われるホームパーティーの様子を見せ、

中村江里子が普段訪問している食料品店や生活雑貨店の商品を紹介し

中村江里子が好きな美術館を訪問し

中村江里子が、45歳という年齢を考慮したボディーケアとして、ヨガやオーラルケアを体験し

中村江里子が飼っているペットを紹介する

 

などといったように、ほぼすべてのページが中村江里子なのだ。

 

これに留まらず、さらには

 

いつのまにか日本の美術館も紹介し、

ウエスティンホテル東京のシェフが提案する洋菓子作りの場を訪問し、

星野リゾートでのグランピングを、実際に体験してその魅力を語る

 

と、「後半パリ関係なくなってるじゃん!」という始末なのである。

 

明らかに雑誌の目的語は「パリ」ではなく「中村江里子」であり、もはやパリのライフスタイルを発信するのではなく、中村江里子そのものを発信するメディアといって過言ではない。

 

中村江里子のことを慕っている人たちが「よっしゃ!」と一念発起し、中村江里子の魅力を多角的に取り上げる、いわゆるトリビュート誌のようなものであれば理解できる。

しかしこの雑誌はそうではなく、中村江里子のライフスタイルを中村江里子が主体となって伝えるもので、この差は果てしなく大きい。

 

俺はこの度を越したメディアの私物化っぷりと自己顕示性に驚愕し、そして感心した。

同時に、中村江里子というコンテンツ力を(おれは興味がないからわからないが)凄まじいと思った。

 

さらに驚くべきことに、表紙に「Vol.5」と書かれている。

つまり、このような雑誌がこれまでに4冊発行されており、年2回の発行であるそうだから、もう3年目を迎えているというのである。

3年にもわたって何を紹介するものがあるというのだろうか。

どこまで引き出しが豊富なんだ中村江里子は。

次は2017年3月に発行予定らしいが、いったい何を紹介するというのだ。

履いてる靴も好きな美術館も飼ってるペットも、今とそんなに変わらないだろうに。

いや、それは凡人のような発想であり、彼女は俺のような平民とは異なる時間軸で生きているのかもしれない。

小学校の6年かけて大掛かりなどっきりをかけられているんじゃないかという妄想の存在

小学生のころ、学校の授業の内容について、こんなことを考えていたことがあった。

 

いま教わっている内容が実は全部嘘で、市の教育委員会や学校が結託して数年がかりの壮大なドッキリをしかけている最中だとしたら、どうしようか。

先生たちはいつネタばらしをしようかと、今もうずうずしているんじゃなかろうか。

 

もちろんこんなこと本気で考えているわけではない。

ただ、3%くらいは、あってもおかしくないとは思っていたのは事実だ。

3%というのは、当時の消費税率と同じである。

 

当時の俺がなぜこんな発想に至ったか、今となってはわからない。

ただ、このままドッキリのネタあかしをされることなく授業が進行していけば、いずれ大恥をかくことは明白で、というのは他校の生徒は当然正しい内容を学んでいるわけであり、彼らと勉強について会話をしたものならば、

 

え? 大化の改新? そんなの聞いたことないよ! ってか藤原家? 誰それ!?

塩より砂糖の方が水に溶けやすいって、お前の家どんな砂糖使ってんだよ!

九九を覚えるなんてマジキチじゃね?

 

などとなるに違いないのである。

 

実は俺は小学校の3年生と5年生の時に転居に伴う転校を経験している。

いずれも公立小学校であり、3つの小学校は管轄となる自治体がすべて異なるのだが、俺の転校の際には、上記のドッキリについても転校元・転校先の両校で引き継ぎがなされているものだと考えていた。

ここまで来ると、これがもし自分の子供の話であれば些か不安になる。

 

かと言って、たまに頭の片隅にわいて出るこの思いに対して俺は大した対策を取るわけでもなく、ある日先生が「今日は授業を始める前に、皆さんにお話があります。実は、これまで皆さんに授業で教えてきた内容は、すべて嘘でした」と言い出した時のリアクションを練習するなどしてすごしていた。

練習とは当然、「実はドッキリを仕掛けられていることに薄々感づいてたが、それをネタばらし前に言ってしまうと興ざめしてしまうので、知らぬふりをしつつ、存外に驚く」ことを指す。

 

そうこうしているうちに、小学5年生になって中学受験をするための準備として塾に通うようになって、学校で習っていたことを否定せずに授業が進められているのを見て、「ああ、俺は騙されてなかったんだな」と思ったことを覚えている。

医者のセカンドオピニオンのようなものだ。

 

 

大人になった今、当時をふと思い出して湧き上がったのは、「むしろ大人になってからの方がこのような事態はありえるんじゃね?」という思いだ。

 

というのは即ち、大人、社会人になってから人から教えられる、例えば「いい感じの仕事の進め方」や「女からちやほやされやすい言動」などはは、「1+1=2」や「セミは昆虫」などという単純かつ絶対的な内容ではなく、より複雑であり、明白な解答が存在するわけではなく、人によって様々な解釈があってもおかしくないものが多いとかんがえられるからである。

実際、ある人がまったくもって正しいと考える内容でも、別の人から見たら真っ赤な嘘である、なんてことは案外珍しくない。

 

小学校で習う内容程度であれば、塾でも同様のことを教われば、学校の授業も嘘ではないと判断して問題なさそうであるが、大人問題に関して言えば、2人の大人が同じことを言っていたとしても、3人目が違うことを言うかもしれず、教わった内容が正しいと確証を得るためには多くの人に意見を尋ねなければならない。

 

では、100人が正しいと言った内容があったとして、それが自分にも当てはまるとは限らないから困ったものだ。

つまり、何が正しいかを知ろうとした時点で詰んでいるのである。

 

何が言いたいかというと、テレビで昔は多かったドッキリの番組をどしどし復活させて、社会全体に対してドッキリ耐性を身に着けておくよう啓蒙するべきである、ということです。

 

 

「ノーベル賞今年もとれなかった」と言われることに見る「生殺しの辛さ」

棲む世界が違いすぎて一夜を共にするなど考えられないくらいの女性、もしくは、腐れ縁であるからしてやりたいという発想も出てこない女性と食事をして、やることなく解散したとしても、つらい、悲しい、という心境には全くなることはないだろう。
しかし、「もしかしたらワンチャンあるかも」「今日は勝負だ」と思いながら挑んだ女性との食事では、話は異なり、大いなる失望感に襲われるものだ。
 
もしそれが、毎晩続くとしたら、どうだろうか。
 
 
ノーベル文学賞の受賞者が発表された。ボブ・ディランの受賞は驚きをもって世界に受け止められたそうだが、日本人にとっては村上春樹がまたしても受賞を逃したことのほうが、関心が高いようだ。
 
本人はいったいどんな想いだろうか、私には到底それを思い知る方法もないし、知りたいという欲求もない。
ただ、彼に少しでもノーベル文学賞がほしいという気持ちがあったとするならば、毎年有力候補として扱われることは、相当つらいことなのではなかろうか。
 
私の記憶では、この「村上春樹ノーベル文学賞とれるんんじゃね?」騒動は、10年前ほどからあったと思う。
つまり彼は10年の間、毎年この「期待→失望」のループを回らされているのだ。
 
これだけでも十分、想像を絶する境地だが、これ以上につらいと私が思う点は、別のところにある。
それは「ノーベル賞候補者たるもの、それにふさわしくないことをしてはならない」ということ。
この足かせは相当、対象者の日々の生活指針や精神状態に大きな影響を与える。
 
10年間候補であり続けるということは、10年間、いまの彼が持たれているイメージを変えることはできないということだ。
それは選考者に対する裏切り行為になってしまう。
 
例えば、極端な例で申し訳ないが、もし彼が今から「なんかAV男優でもやってみたいなぁ。よっしゃいっちょデビューしたろ」などと思い立ち、それを実現した場合、おそらく間違いなく次の選考から、彼の名前は候補から消え二度と復活することはないだろう。
 
これはあまりに突拍子もない話ではあるが、文春にゲス不倫が見つかったとしても、だめだろう。
福本豊が「立ちションベンもできなくなる」という理由で国民栄誉賞を断った話は、あまりにも有名である。
 
さらに言えば、文学賞という性質上、これまで接したことのない価値観に触発され、自らの精神性を大きく鞍替えすることは、もうできない。
「来年こそはノーベル賞」と思い続けている限り。
 
 
とここまで書いて、これは何もノーベル賞などに限らず、企業労働者の出世などについても当てはまる、実に世にありふれた話だということに気がついた。
 
ただ、会社での出世は、ある程度年齢制限がある。
ノーベル賞はそうではない、この事態は死ぬまで続く。
自らの意思で、それを捨てない限り。