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勝手に更新される毎日

六本木で働くサラリーマンのブログです。やめてくれ、待ってくれと言っているのに、1日1日が勝手に過ぎていきます。

今日の一文字

いま私は、スターバックスにいる。
 
「サードプレイス」のコンセプトを標榜しているこの場所。来客はさまざまなことをしてすごしている。
 
例えば、向かいに座っている20代なかばと思しき女性は、何かわからないが国家試験の勉強をしている。ステップアップを目指しているのだろうか。実にすばらしいことと思う。こんなクソブログ、インターネットの広大な海に放たれる廃棄物のような文章をしこしこ書いている俺とはえらい違いだ。
 
また、左側では30代中盤だろうか、女性二人組が会話をしている。どうやらひとりは職場での、もうひとりは知人との人間関係に不満があり、それぞれにグチを言い合っているようだ。日頃の生活で蓄積したストレスを、快適なスターバックスで発散している。これも明日への活力になるのであれば実によいことだ。
 
そして右側にいる20歳ぐらいの大学生に見える男性。大学ノートを開き何かを書いている。内容はわからないが、文字はまばらだ。勉強? アイデアのメモ? いずれにしてもこれもいい行いだよね。うん。
 
「そんな努力を怠らない彼の未来に栄光あれ!」と見守っていると、しばらくして彼はペンを置き、コーヒーを飲み干した。彼の今日のスターバックスタイムは終了したようだ。大学ノートを閉じて店を出る準備をしている。そうか、今日はもう終わりだね。ずいぶん長い時間、がんばったからね。まあ俺の方が後から来たから、彼がいつからここにいたかわからんが。
 
ここまでは実にありふれた風景だが、俺は彼のノートの表紙に書かれている文字を見て、思わず声を上げてしまった。
 

 
表紙には一文字、「生」と書かれていたのだ。
 
いったいこれほど人の興味をひく、漢字一文字で構成されるノートのタイトルがあるだろうか。少なくともお俺は知らない。「秘」でも「裏」でも、「陰」でも「恥」でも、「生」ほどに字面から醸しだされる演出力、説得力はない。「妻」にも「金」にも「毛」にも、ない。「やっぱり生が好き!」なのである。
 

 

彼はいったいなんのために、ノートのタイトルに「生」という一文字を書いたのだろうか。ノートを1冊購入し、「よし、これを『生』についてまとめるノートにしよう」と、彼に思わせた動機とは、一体何なのか。
 
私は自分の持つすべての推理能力を動員して、その時の彼の置かれた状況を考えてみた。
 
ところが。
 
松本清張を何度かチャレンジしても結局最後まで1冊も読み通せたことがない俺の推理能力では、陳腐な発想しか得られなかったのは言うまでもない。
 
彼は大層な酒豪で、生ビールのうまい店を探し求めて飲み歩いた遍歴をまとめているのだろうか。
 
もしくは、彼は一度死の淵をさまよったところから奇跡の生還を果たしたことで、かえって生存への実感を強め、その気持ちを持ち続けるために、「生」というタイトルで日記をつけているのかもしれない。
 
しかし、真相はわからない。俺は彼のノートが読みたい。700円くらいまでなら買いたいとさえ思う。