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勝手に更新される毎日

六本木で働くサラリーマンのブログです。やめてくれ、待ってくれと言っているのに、1日1日が勝手に過ぎていきます。

「君の名は。」を観たが面白いと思えなかったときに感じたこと

先日、話題になっているので「君の名は。」を観てきた。
「話題になっているので」などと書くと、「自分が観る映画すら周りに流されて決めるんかい、われ、ぼけ」と思う人もいるかもしれないが、全くその通りで、公開を待ちわびていた作品でもなければ、これから観るものの選択になどこだわりは持っていない。
 
感想としては、残念ながら、面白いと思えなかった。
 
実は上映終了後に、映画館内で友人夫婦と遭遇し「面白かった?」と聞かれ、「いいや、どこが面白いのかわからんかった」と返答したのだが、これは簡単なようで実は難しい。
なぜなら、それを聞いた相手は「え? 世の中のみんなが面白いと思っているのに、マジで言ってんの?」と思うことが予想されるから。
 
俺はこの、「え? お前マジで言ってんの?」の雰囲気がとても苦手なのだ。
 
伝わりますかね? あの雰囲気。
「ばっかじゃねーの」と口に出しては言わないけれど、目の奥にそう書いてあるのが見える目つき。
話し始める直前に鼻で笑う、あの話し方。
言葉の前に接頭語として入っているように感じてしまう、「意味わかんないんだけど…」の一言。
声に出しては言わないので旗から見ている人にはわからないが、見下す側と見下される側、当事者だけがわかる、見下される側からしたら逃げ出したくなるような空間。
小島聡のラリアットのように、人の自尊心を豪腕でなぎ倒す。
 
例えばこの映画館でのやりとり、友人だったので正直に答えることができたが、それほど親しくはない知人だった場合、「え? お前マジで言ってんの?」リスクを考えて、「いや面白かったですねーやっぱ」などと言っていたかもしれない。
しかしその場合、相手が乗ってきて「ですよねー、どのシーンがよかったですか?」などと、より具体的な内容の話に入っていってしまったら目も当てられない。
嘘の取り返しがつかなくなる事態に陥る危険性もあり得る。
両方のリスクが瞬時に頭の中で天秤にかかり、しかしあまりにも瞬時すぎて判断を下すことができず、結果として「いやーなんていうか、あれでしたねー」などと、答えにもなっていない答えを放ってしまうのが関の山だったかもしれない。
 
もし俺が国政選挙に立候補するとしたら、「『え? お前マジで言ってんの?』感の発露を法律で禁止する」ことを公約のひとつに掲げるであろう。
候補しないけど。
それくらい、「え? お前マジで言ってんの?」感にはこの世から消え去ってほしいと思っている。
しかし今のところ違法でもないので、悪気があってもなくても、それを放ってくる人はいる。
したがってそれまでは、自分が強くなってこれに対抗するしかない。
 
このブログは単なる気晴らしで始めたものだが、数人から感想を聞いて、そういった精神の鍛錬が目的のひとつとなってしまった。
だからこのブログを見た人は、次に俺に会ったら、「え? お前マジで言ってんの?」と直接言ってもらってかまわない。
ブログの内容が急に「どこどこのプリンがおいしかった」なんて内容に変わったら、心が折れたのだと思ってもらえばいい。