自己啓発本の類が相変わらず多い。
みんな自分の人生をよりよく変えたいのだろう。
そりゃそうだ、俺だってそうだ。
でも人の一生なんて、意外としょうもないことで左右されるものだとも思っている。
そこで今回、一生を左右する出来事について思い出してみた。
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最近、またアゴの調子が悪い。
どう悪いかというと、あくびをするとバコッと外れそうになってしまい、口を元に戻すときにまたバキッと大きな音がする、といった感じだ。
ここ数年は鳴りを潜めていたが、昔からこういうことはよくあった。
しかし当然、最初からうまれつきずっとこの調子だったわけではない。
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俺がアゴを悪くしてしまったのは、子供のころのある事件がきっかけである。
その時俺は中学校1年生で夏だった。
いや、もしかしたら2年生だったかもしれない。
思い出したくない過去の記憶はいつもあやふやである。
当時は「ガキの使い」はたしか火曜日の深夜にやっていて、その放送を毎週楽しみにしていたのだ。
父親は単身赴任で、家には奥の台所で作業をしている母親と俺の2人きりだった。
その日は夏真っ盛りで猛暑で、体感気温を少しでも下げるために俺はコンビニで売られているロックアイス、いわゆるかちわり氷を口に頬張っていた。
かちわり氷はひとつひとつその大きさがまちまちであるため、普段は口に入れるのにちょうどよいサイズのものを探すのだが、ちょうどいいサイズのものはすでになくなってしまっており、その時俺が選んだのは、口に入るかやや心配になるほどのサイズであった。
しかしなんとかそれを口に入れ、「ガキの使い」を見ていた。
番組が始まって早々、出演者の誰かがものすごく面白いことを言った。
そりゃそうですよね、なんてったって「ガキの使い」ですから。
思わず笑ってしまったことで、口に入れていたかちわり氷が口のさらに奥、喉に迫るところまで行ってしまい、限界まで開かれていた俺の口は限界を越えて氷によって押し広げられてしまい、その時…
ガコッ
というそれまで聞いたことのない大きな音とともに、アゴがしまらなくなってしまった俺がそこにいた。
アゴは閉じようとしてもびくともしない。
これはやばい。
俺は背後の台所に立っているはずの母親の助けを呼びたいのだが、口は大きい「お」の状態から動かせない上に口いっぱいの大きな氷を加えているから、ほぼ声が出せない。
仕方なくそのまま台所まで行き、口から氷を吐き出して、母親に「はほははふへへふひは…」など、自分の危機的状況をアピールする。
母親は最初は笑っていたが、ようやく何が起こったかを理解して、病院に電話をかけ始めた。
しばらくして、深夜外来を受け付けている病院を発見、タクシーを呼びそこまで向かうことにした。
母親と、口を大きな「お」の状態から動かせず「ほへふは」などとしか話せない児童がタクシーに乗り込む。
病院に着いたら、先生がすぐにアゴをもとに戻してくれた。
自分ではもう永遠に口が閉まることはないのではないか、そう思ってしまうくらい絶望的にびくともしなかったアゴが、である。
「え、こんなにカンタンに戻るの? これまで10,000人ものアゴはずし患者を救ってきたゴッドハンドなの?」
とその時は思ったが、どうやらコツがあったらしい。
炎症を抑える薬を処方してもらい、病院の外で待っていてくれたタクシーに乗って帰宅の路へ。
病院を出たころには、深夜2時近くなっていた。
普段ならとっくに寝ている時間だ。
眠気から、ついついあくびをしてしまった、その時。
ガコッ
俺はゴッドハンド先生のアドバイスを軽視し、一生どころか30分経たないうちに「お」の口に戻った俺を見て笑い転げながらタクシーの運転手に「さっきのところに引き返してください」といった母親が、その後に発したのは
「あんた、『ガキの使い』よりおもろいんちゃうの?」
の一言。
「親バカ」ではなく完全な「バカ親」、いや「息子をバカにしている親」だったが、俺は言い返す能力を持っていなかった。
次の日、俺は学校を休んだ。
そしてこの日以来、先生の予言どおり、俺のアゴはカンタンに外れるようになってしまったのだ。
ゴッドハンドから2回目の手ほどきを受けた俺は、そのコツを盗み、だいたいの場合において自分の手ですぐに外れたアゴを戻すことができるが、たまになかなか戻せないこともある。
そういうときは、3分ほどアゴと格闘しなければならない。
その機会が偶然、交際を始める前の女性とのデートや就職活動の面接など、人生を左右する場面で表れたことがあった。
「お」の状態から動かないアゴを手で抱えながらうんうん唸っている男と、交際してもよいと考える女性がどこにいるだろうか。
「お」の状態から動かないアゴを手で抱えながらうんうん唸っている男を、採用してもよいと考える会社がどこにあるだろうか。
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人の一生を左右する出来事なんて、そんなものである。