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勝手に更新される毎日

六本木で働くサラリーマンのブログです。やめてくれ、待ってくれと言っているのに、1日1日が勝手に過ぎていきます。

人間は何歳にピークを迎えるか問題と、そんなことで悩んでしまう問題

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電車の中で60代にも見える人が、「男が40代でやっておくべきこと」というタイトルの本を読んでいた。
 
宇多田ヒカルが今度やるネットライブのタイトルが、「30代はほどほど」だった。
 
業界で相当の実績がある会社の上司とフリーの方が会話をしていて、おふたりとも口をそろえて「自分の頭脳のピークは30歳ころだった」と言っていた。
 
 
転職する時に、「未経験の業種に転職していいのは20代まで」という記事を数多く目にして、うーん、やっぱそうだよねー思ったこともあったし、転職した後に、「あの記事は正しかったかも知れない」と感じたことも何度もあった。
 
自分の人生のピークがいつだったかと思い返してみると、明らかに、中学入学と大学入学の瞬間だったといえる。
当時は今よりも格段に頭の回転スピードが早かったが、以降はただ転げ落ちるのみであった。
 
先に述べた上司やフリーの人、それから宇多田ヒカルのように、人生のピークの時期に金字塔ともいえる実績を残している人は別として、俺のように、錆びついた頭脳と失われた熱意でただ漫然と、ベルトコンベアーにでも乗っているかのように、その大切な時期をやりすごしてしまった人間は、どうすればよいのだろうか。
 
 
おれは「◯◯歳までにやっておくべきこと」といった本を読むのが嫌いだ。
なぜなら、書かれていることのほとんどをきっとやっていないから。
いま「20代のうちにやっておくべきこと」というタイトルの本を読んだとしたら、「うわーこれやってない、あれもやってない。ってかほとんど全部やってねーじゃんあちゃあ」となることは目に見えており、そんな暗澹たる気持ちに自らすすんで飛び込むようなことをするわけがない。
 
そういう点においては、「40代でやっておくべきこと」を読んでいた60代(推定)のおっさんは偉い。
20年遅れを取り戻そうとするその熱意には、頭が上がらない。
しかしそうも言っていられないのは、「数学Ⅰ・A」が終わらないと「数学Ⅱ・B」には進めないのと同様に、きっと、「20代でやっておくべきこと」を終了しないと「30代で~」「40代で~」には進むことはできないだろうから、いま遅れを取り戻し始めないと、傷はどんどん深まっていくばかりであって、「脳が錆びている」だの「自分を探したい」だの言っている場合ではないはずだ。
 
このペースでいけば、「五十にして立つ」「六十にして惑わず」。
どこまで遅れを取り戻せるだろうか。