カンタンにいうと
人間の欲求には、
「生理的欲求」
「安全・安定の欲求」
「社会的欲求」
「承認欲求」
という内容である。
この理論が様々なところで言及、応用され、現代に至るまで通用していることに、さすが昔のえらい人は卓越した洞察と分析をしとるなぁ、と感嘆、その爪の垢を煎じて飲ませてほしいと思う一方で、偉人といえどやはり人の子、完璧であることなどあり得ないとも知るのである。
なぜか。
それは、チンポジである。
女性の方にはわからないだろうし、わかる術もない、わかりたくもないだろうが、男性にとってチンポジは非常にセンシティブかつナイーブな問題である。
「ん、チンポジが悪いな今」と思ってもすぐに修正できる場面であれば問題ないが、そうでもない状況、例えば衆人環視のシチュエーションなどでは、悪いポジショニングのまま過ごさなければならず、これは相当に集中力を削がれることなのだ。
会議の内容などちっとも頭に入ってこないから、突如意見を求められたときに、これまでの話の経緯がわからず素っ頓狂な回答を連発、仕事ができないボンクラというレッテルを貼られて解雇、なんてことになったら一大事だし、デートの会話も全然覚えていられないから、彼女から「私の話、聞いてないでしょ!」と愛想を尽かされてしまっては大変だ。
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それは「安定の欲求」で、きちんと考慮されていたに違いない。
さすがマズロー。
むしろみんながチンポジで悩んでいるレベルでとどまっている方が平和なのではないかと思うが、これは文明の否定になってしまうのだろうか。