勝手に更新される毎日

六本木で働くサラリーマンのブログです。やめてくれ、待ってくれと言っているのに、1日1日が勝手に過ぎていきます。

蔦屋家電を見て感じた、かつて俺がぶち壊したのは俺の何だったのか

新卒で入った会社で最も行きたくないどころか配属されたら会社を辞めようとすら思っていた営業職に配属され、しかも結局辞める勇気もないまま、仕事も全くできずにやる気もなくずるずると会社に残り、悪い先輩と「給料ドロボウズ」というユニットを組んでサボりまくったこと3年間、ついに業を煮やされ上司が変わったのだが、その新しくついた上司から、俺という人間を根本から変えるために
  • 外車のスポーツカーを買う
  • サーフィンを始める
  • キャンプを始める
のどれかをやるように言われたことがあった。
そして俺はその翌週にディーラーに行って、その日に車を買った。
 
なぜこんなことをさせようと考えたのか、後で上司に聞いてみた。
論理的に考えれば、これらはどれもやる必要もないし、やるべきでもない。
車なんて東京で一人暮らしをしていれば必要ないし、サーフィンやキャンプはそんなことを一緒にやってくれる友達もいないし金がかかるし面倒だし寒いしやったところで何か学ぶことがあるわけでもない、家で映画鑑賞や読書をしている方が楽だし何かしら得られるものがある。
冷静に考えるほど今から始めるべきではない理由ばかり思いついてしまうが、それでもやってみる経験をすることで、いざという時に「冷静にかつ論理的に考えればやるべきではないけど、どうしてもやりたい」ことに、意を決して飛び込めるようになるのではないか、という狙いがあったらしい。
 
以降、俺の快進撃が始まった。
すなわち、重大な決断を悩むことなくばんばん下した。
結婚したし、家を購入したし、離婚もしたし、35歳にして未経験の職種に転職までした。
 
 
先日、初めて二子玉川にある蔦屋家電を訪れた。
蔦屋家電とは何ぞや?」という人のために簡潔に説明すると、それは全く新しいスタイルの家電店で、最先端の技術を駆使した製品やクラシックなスタイルなどを取り揃え、居心地のいい上質な空間までも提案する店舗、らしい。
現在俺は、一度買った家を出て7畳のワンルームに住み、料理は一切せず台所には酒のボトルが並ぶのみと、上質とはほど遠い生活を送っており、蔦屋家電で一品でも購入して上質な生活を手に入れてやろうと意気込んでいた。
 
店に並んでいたのは、30万円の電動自転車、7万円の酵素玄米用炊飯器、世界一のバリスタの腕前をAIが再現した11万円のコーヒーメーカー、1人用サイズなのに38万円する冷蔵庫、先から電流が流れるという20万円するブラシ、ワインボトルの形をしたちょっと明るくなる気もするくらいの5万円の卓上照明、家で映画館と同じくらいの迫力ある映像&音を楽しめる70万円くらいのホームシアターなど、それはそれは超上質な品ばかり。
 
あまりの上質さに圧倒され、恐怖すら感じてしまった俺は、もちろん何一つ購入することもできず、ほうほうの体で店を後にした。
 
 
帰りの電車の中で、蔦屋家電に恐怖を感じた自分自身を分析してみた。
 
上質とは沼である。
つまり、いったん上質なものを味わってしまうと、それが日常となり当たり前となり、二度と低質なものに戻ることはできなくなる。
今日、上質なトースターを買ってしまえば、そのとなりにある冷蔵庫が低質であることに耐えられなくなるのだ。
したがって、一度上質への道を歩むことを決めてしまったら、引き返すことはできない、ただ前進するのみ。
 
しかし、上質なものは高価でもある。
上質への道を進めば進むほど、比例して出費が嵩む。
道の行き着く先の風景は甘美だが、金が潤沢にない者にとってその道中は地獄だ。
 
俺はいま会社勤めをして毎月の賃金を受け取っているがその賃金がいつ下がるかもわからないし、いつ会社を辞めたいと思うかも、反対にいつ会社から放逐されるかもわからない。
そう考えると、上質への道など到底進めるものではない。
 
車を買った12年前に俺が破壊した自分自身の中の何かは、完全に自然修復してしまったのだろうか。