「ご利用は計画的に」
この言葉、1日に何回テレビから聞いているだろうか。
我々現代人は、ことあるごとに計画的であることを求められる。
ビジネスでは納期をしくじらないようにきちんと計画を立てなければならないのはもちろんだが、恋愛においても、デートで集合してから「じゃあこれからどこ行こうか」なんて言っている男はダメで、ある程度その日のデートコースを計画している男のほうが、女性からは高く評価されるらしい。
さらに、近ごろは頻繁に「先の読めない時代」と言われる。
だからこそ、計画性の重要さは以前にも増して高まっている。
たとえいま安定した収入源を持っていても、すぐさまそれが頓挫することも十分に考えられる。
毎日テレビCMに諭されるように、金を使うのも貯めるのにも、計画性が求められるのだ。
計画的になるのは社会に出てからでよいかと問われればそういうわけでもなく、我々は残念ながら子供の時からすでに「計画性の奴隷」である。
親からは「塾に通いなさい」などと言われるし、学校では別に教師に相談したいと思ってもいない「進路相談」を自動的、強制的にさせられる。
まだ先のことなんて何もわからないうちから、周囲に期待されている将来像を見据え、計画的に進路選択を行い、やりたくもない勉強やつらい練習に耐えなければならないのだ。
現代人は、計画性から逃れることはできない。
その反動もあって、我々は衝動的な欲求にかられることも多々ある。
しかし、無計画、無軌道な生き方は破滅につながる。
もちろんそのことは、頭では重々承知している。
だから大半の人は、せいぜい週1日から2日の休日の間に、社会的に許される、引き返せる程度の無計画を堪能し、また計画性で充満した社会生活に戻っていくのである。
淡い憧れを抱き、後ろ髪を引かれながらも。
■
4年ほど前のこと。
おれはある部下に、「明日、これで菓子の詰め合わせを買っておいて」と、手持ちの1万円を手渡して依頼をした。
2日後に控える取引先との面会に持参するためだ。
その部下は「わかりました!」と、こころよく引き受けてくれた。
少々頭が悪いのは難点ではあるが、元気があって朗らかなのは素晴らしい。
翌日、夕方になっても、その部下は俺に菓子の詰め合わせを持ってこない。
忘れずに買ってくれているのか確認したかったが、あまり細かいことまでいちいち口出し、管理されるのは部下にとってもうっとうしいだろう。
マイクロマネジメントは良くないって言うし。
しかし面会は明日の朝、もし買い忘れなどしていたら困る。
閉店時間も迫っていたので、俺は尋ねた。
「きのうお願いした菓子って買ってくれた?」
するとそいつはしばらく躊躇した後、ものすごくばつが悪そうに、「すみません」とだけ言葉を発した。
そうか、忘れていたのか。
俺はやさしい上司だから、「よく忘れるんだからメモぐらい取っておけよ」という苛ついた感情を露にはしない。
まだ閉店までは1時間弱、今から迎えば十分に間に合う。
こんなこともあろうかと、間に合うタイミングで確認したのだ。
なぜなら俺は、計画性の男だから。
俺は部下が忘れたことを一切責めることもなく、「ああそっか。じゃあ今から行くのかな?悪いけどよろしく」と、改めて頼んだ。
しかし、返ってきたのは俺の予想を遥かに上回る言葉だった。
「すみません…、使っちゃいました」
は??
使った?
何を?
金を?
どういうこと?
詳しく聞いたところでは、そいつはその時ひどく金欠で、何日にもわたって1日1食にしたり水を飲んで空腹を紛らわせるなどして食事を最低限に抑えていたらしい。
そんな時に突然転がり込んできた1万円という大金を目の前にして、つい我慢ができず友人と飲みに行ってしまったという。
少し考えれば、いや、一切考えなくてもわかることだが、その1万円は翌日に確実に必要になる金なのだ。
それをあたかも臨時収入かの如く散財。
恐るべき無計画。
俺が今まで聞いた中で、圧倒的1位の無計画だ。
と感心していたら、この「無計画バッケンレコード」は即座に塗り替えられた。
目の前にいるこのレコードホルダーによって。
■
「わかった、その1万円は貸してやる。その代わり、もっと詳しく聞かせろ」
日々要求される計画性に疲れ果て、無計画に対する憧れがあった俺は、このホームラン級の無計画話に興味津々だった。
「そもそもお前、いまいくら持ってるの?」
「…きのうは友達におごったので、そのお釣りの2000円くらいです」
「え!?ってことは、その前はほぼ一文無しだったってこと?」
「…はい」
「え!?!?でも給料日までまだあと10日以上あるよね?どうするつもりなの?」
「…この残りの2000円でなんとか…」
「え!?!?!?2000円で10日しのげる?っていうか俺がきのうお菓子買ってきてって頼んで1万円を渡さなかったらどうするつもりだったの?」
「…その時はその時に考えようって思ってました」
「いやいや!きのうがその時だよ!っていうかきのうでもない、もっとだいぶ前にあったよその時!だいぶ通り過ぎちゃってるよ!」
「…そ、そうですね」
「っていうかなに当たり前のようにその2000円を生活費の足しにしてるの!?まあ貸してやるって言ったからもういいけど。それに、そんな状況でよく友達におごったな!」
「…はい…つい」
さっき自分出したバッケンレコードを、2度目のジャンプであっさり更新。
葛西なんて目じゃないレジェンドがここにいた。
そして、「やっぱ計画的でいいや」と、無計画への憧れが消え去った瞬間だった。