年も終わろうというタイミングでわざわざ指摘するほどのことでもないが、給水器を見るたびに疑問に思っていたことがあった。
あの「適温」ランプの野郎は、一体どういうつもりなのだろうか。
「どういうつもりなのだろうか」と言いつつも、意図はわかる。
「十分に冷えてますよ」と、給水器のやつが言いたいのはそういうことだろう。
しかしそれが「適温」であるかどうかは、飲む側の俺が決めることであり、お前が判断することではない。
それなのにあの腐れ「適温」ランプときたら、「冷えてますよ!」とこれみよがしにアピールしてくるばかりで、「私が思う『適温』は、あなたにとっての『適温』でしょうか?」などと配慮する思慮深さなど、一切持ち合わせていない。
何度指摘しても変わらぬ「適温」ランプの存在に、俺はいつしかそれらを糾すことを諦めてしまっていた。
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そしてこの「適温」表示に感じていた不快感を、思い出す出来事があった。
あるコーヒー店でコーヒーを注文した時に店員によって付け足された
「これ、フェアトレードコーヒーなんです」
の一言である。
フェアトレードとは「適正な価格で生産者から買い取ること」だが、では価格が「適正」かどうかは、一体誰が決めるのだろうか。
給水器では、「適温」表示は給水器側によってなされていたが、俺はその構造に問題があると指摘した。
つまり「適温」かどうかは飲む側が決めるべきことであり、給水器側がいくらキンキンに冷やしていたとしても、飲む側の俺が「もっと冷えていてほしかった」と思えば、それは「適温」ではない。
ではフェアトレードの場合はどうだろうか。
給水器では飲む側(=受け手)が「適温」かどうかを決めるべき、という主張をトレードに当てはめると、買い手側(=受け手)が「適正」価格であるかどうかを決めるべき、つまり、「適正」かどうかを決めるのは買い手側である、ということになる。
しかし、今回は水の提供という関係性ではなく、売買である。
買う側、売る側一方のみが「適正」価格と感じる取引は、適正価格とは言えない。
売買とは価値の交換であるから、双方が「適正」と思えた段階で初めて「適正」なのである。
とここまで論じてきたが、そういえば「フェアトレード」について、俺はそんなに詳しくなかったことを思い出した。
それは議論に臨む態度として「適切」ではないので、フェアトレードについて調べてみた。
コーヒーや紅茶、バナナやチョコレート。日常を彩るたくさんの食べ物が世界の国々から私たちの手に届けられています。それらを生産している国、人々のことを考えてみたことはありますか?
日本では途上国で生産された日用品や食料品が、驚くほど安い価格で販売されていることがあります。一方生産国ではその安さを生み出すため、正当な対価が生産者に支払われなかったり、生産性を上げるために必要以上の農薬が使用され環境が破壊されたり、生産する人の健康に害を及ぼしたりといった事態が起こっています。
生産者が美味しくて品質の良いものを作り続けていくためには、生産者の労働環境や生活水準が保証され、また自然環境にもやさしい配慮がなされる持続可能な取引のサイクルを作っていくことが重要です。
フェアトレードとは直訳すると「公平・公正な貿易」。つまり、開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す「貿易のしくみ」をいいます。
出た、「適正な価格」。
もう少し詳しく調べてみると。
<輸入業者側のルール>
コーヒー生産者が安定した生活ができるように、以下のルールが定められています。
1. フェアトレード最低価格を保証するフェアトレードコーヒーでは最低価格が決まっていて、コーヒー豆の市場価格がそれを下回った場合はその最低価格で買い取ります。最低価格が決まっているおかげで、コーヒー豆の市場価格が暴落した時も、生産者が生活ができ、コーヒーの生産を続けることができます。
2. フェアトレード・プレミアムという奨励金を生産者組合に支払うコーヒーの購入価格とは別に、フェアトレード・プレミアムという奨励金を支払うことで生産地を支援します。金額はコーヒー1ポンド(約454g)につき20セントです。(100gのコーヒー豆に対して5円程度)
3. 長期的な取り引きや、前払いの保証などこれらも生産者が長期的に安定してコーヒーの生産を続けるためのものです。
要するに
- 最低価格を決めますよ。
- 奨励金を追加で払いますよ。
- 長期的に取引しますよ。
ということで、結局のところ買い手側に価格決定の主導権があることに変わりはない、そう思えてしかたがない文面である。
3.の「長期的に取引しますよ」に至っては、別に善いことをしている感すらない。
他に比べればまだマシな条件を提示されれば、売り手側なんてよほど商売上手でもなければ、有難がって、本当に「適正」かどうかもわからない価格でバンバン安売りしてしまうものだということは、商売をやったことがある人ならわかるだろう。
完全なる「適正」価格にしようと思えば、
「言い値で買います。それに一切の異議申し立てをしませんし、え?まじ?と頭をよぎることすらなく、あなたが『適正』と思った金額が私にとっての『適正』価格です」
くらい言わなければ、「フェアトレード」など成立しない。
残念ながら、「フェアトレード」も結局のところ、給水器「適温」問題から脱却するには至っていなかったのだ。