子供のころ、「内容証明」に憧れていた。
なぜかって?
だってカッコいいじゃん、「内容証明」って。
何なのかよくわからないけど、なんとなく。
俺がこの言葉を初めて知ったのは、おそらくあるドラマからだったとうっすら記憶している。
ドラマの内容は覚えていないが、悪さをしているやつに対して弁護士が電話で
「それでは、お宅に内容証明をお送りします」
の決め台詞。
そしてうろたえる、悪さをしているやつ。
相手に何が届けられて何がどうなるのかはよくわからないが、悪さをしているやつのうろたえっぷりから
「うわ!こいつ詰んだ…社会的に死んだ」
って感じがして、内容証明に「この紋所が目に入らぬか」とか「お前はもう、死んでいる」のような最後通牒感を見出した俺は、いつかは不届者に内容証明を送って勧善懲悪、世直しをするような大人になりたいと夢見ていた。
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それから歳を重ね、そんなドラマのことも忘れ去っていたある日、俺は弁護士ではなく広告マンになっていた。
弁護士なんて、所詮「内容証明」への憧れぐらいでは、そうそうなれるものではない。
それはさておき、これだけ長く生きていると、それなりの揉め事も経験する。
数年前、俺はあるトラブルに巻き込まれた。
と言っても俺に非は一切なく、10:0の事故に巻き込まれたようなもので、「訴えたらまあ勝てるんだろうなこれ」と思いながらも、その先の手続きの煩わしさを考えると、そこまでやるほど被害を受けたわけでもないし、スルーして終わらせる方針で、俺の脳内の多数決はまとまりつつあった。
「スルー法案」が可決しそうになっていた時、ある知人が、このトラブルをSNS上で見て心配し、連絡をくれた。
「なんであんなことになってるんですか?」
「知らん。俺が聞きたいくらい」
「で、どうするんですか?」
「もう放っとこかなって思ってる」
「え!?あんなひどい目に遭ったのにいいんですか?」
「まあもうめんどくさいし」
「相手が勤務する会社宛に内容証明を送ってみたらどうですか?」
知人からの提案で思い出した。
そうだ、そういえばかつて俺は「内容証明」に憧れていたのだった。
たしかに、送るタイミングとしてはこれ以上ないくらい最適である。
俺は遅れてきた青春を取り戻すかのように、それを実行しようと思った。
しかしふと思い返すと、俺は送り方を知らないし、そもそも内容証明が何なのかすら知らなかった。
そんな状態でよく送ろうなんて思ったものだな。
すぐさまスマートフォンで「内容証明」を検索したところ、驚愕の事実を知ることとなった。
一般書留郵便物の内容文書について証明するサービスです。いつ、いかなる内容の文書を誰から誰あてに差し出されたかということを、差出人が作成した謄本によって当社が証明する制度です。
なんそれ!!!!
家で独り、ZAZYばりにそう叫んだ。
内容証明は、その名が示す通り単なる「内容に対する証明、お墨付き」でしかなかったのだ。
切り札でもなんでもない。
子供のころの俺が憧れていたあの「伝家の宝刀」感は、ただの幻だったのだ。
こうして俺の最後の切り札は消え去り、俺はトラブルへの対処方法を失ってしまった。
と、同時に、内容証明がいとも気軽に送れるものであることも知った。
用紙の指定など制限はあるが、書留郵便に1枚あたり440円の加算料金を追加で支払えば、その時点で内容証明になるらしい。
これから送る手紙とか全部、内容証明にしてみようかな。